「今日は何割でしたか」と聞くとき
特養(特別養護老人ホーム)で看護師として働いていると、看取り期に入った方の食事について「今日は何割食べられましたか」と確認する場面がよくあります。
食事量の記録は大切です。体の変化に気づく手がかりになり、家族への説明や多職種での話し合いにも欠かせません。
それでも私は、看取り期の食事を「何割食べたか」だけで語ることに、少し違和感があります。
私が言いたいのは、看取り期の食事は、量を満たすための時間ではなく、その人が「食べる」ことをどう受け取っているかを確かめる時間にしたい、ということです。
そして、食べてもらうことも、食事を控えることも、本人の様子や声を確かめないまま決めたくありません。
食べる量が減っていくということ
看取り期は、回復を目指す治療よりも、穏やかに過ごせることを大切にする時期を指して使われることが多い言葉です。
一般的に、人生の最終段階に近づくと、食欲や食べる量は少しずつ減っていくといわれます。体が受け止められる量そのものが小さくなっていく、と説明されることもあります。
その時期に以前と同じ量を目標にすると、むせ込みや誤嚥(食べ物や唾液が気管に入ること)、おなかの張り、吐き気などにつながる可能性も指摘されています。
ただ、どの段階で、どのくらいの量や食事形態がその人に合うのかは、一人ひとり違います。病状、飲み込みの力、服薬、本人の意思、主治医の判断によって変わるもので、一律に決められることではないと考えています。
閉じた口を、どう受け取るか
食事の場面で、口を閉じたまま顔をそむける方がいます。
食べたくないという意思表示かもしれません。眠気や痛み、口の中の不快感、目の前のものを食べ物として認識しにくくなっていることが背景にある場合もあるでしょう。
理由はひとつではありません。けれど、閉じた口にスプーンを近づけ続けることを、私は「介助」とは呼びたくありません。
厚生労働省の高齢者虐待対応のマニュアルでも、身体的虐待の例として「無理やり食事を口に入れる」こと、施設での例として「職員の都合で、本人が拒否しているのに口に入れて食べさせる」ことが挙げられています。
忙しい時間帯ほど、食事介助を早く終わらせたい気持ちが生まれる。正直に言えば、私にもその気持ちは分かります。
それでも、本人の口が閉じているという事実を、職員の時間の都合で上書きしたくはありません。
数字の奥にあるものを見たい
食事量、水分量、体重の記録は、看取り期でも大切な手がかりです。
ただ、「2割」という記録だけでは見えないことがたくさんあります。
- その時間、目は覚めていたか
- 姿勢は楽だったか、体がずり落ちていなかったか
- 口の中の乾きや痛みはなかったか
- 食事形態は、今の飲み込みの力に合っていたか
- 好きな味や、表情がゆるむ瞬間はあったか
- いつもの食べ方と比べて、何が違ったか
同じ「数口」でも、目を閉じたまま口に運ばれた数口と、好きな味のゼリーを自分から口を開けて味わった数口とでは、意味がまったく違うように思います。
数字は大切です。でも、数字だけではその人は見えません。
私が記録に残したいのは、量と一緒に、その人がどんな表情で、どんなふうに食べていたかという「いつもとの違い」です。
食べないことを選ぶ難しさ
一方で、「無理に食べさせない」ことも、簡単な答えではありません。
食べる量が減ったからといって早く食事をやめてしまえば、本人が味わえたかもしれない一口を手放すことにもなります。時間帯や環境、食事の形を変えれば食べられる日もあるでしょう。一時的な体調不良や、入れ歯の合わなさ、気持ちの落ち込みが背景にあることもあります。
家族にとっても、「食べられなくなる」ことはとてもつらい変化です。「もう少し食べさせてほしい」と願う気持ちも、「食べさせないことで弱らせてしまうのでは」という罪悪感も、自然な思いだと感じます。
だからこそ、食事を続けるか、量や形を変えるか、控えるかは、看護師だけ、介護職だけで決めることではないと思います。
厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、本人の意思決定を基本に、介護従事者を含む医療・ケアチームと本人・家族等が繰り返し話し合うことの大切さが示されています。
主治医、看護師、介護職、栄養士、リハビリ職、相談員がそれぞれの見立てを持ち寄り、本人と家族の思いを何度も確かめる。その過程そのものが、看取り期の食事ケアなのかもしれません。
最後まで「その人の食事」であるように
食事介助の途中でスプーンを置き、「今日はここまでにしましょうか」と声をかけたことがあります。
その方は、小さくうなずいたように見えました。それが本当に本人の答えだったのか、私には今も分かりません。
ただ、聞かずに決めるよりは、聞いて迷うほうを選びたいと思っています。
看取り期の食事に、ひとつの正解はないでしょう。それでも、私には慣れたくないことがあります。
本人に声をかけずにスプーンを運ぶこと。「何割」だけで、その日の食事を終わらせること。食べないことを、話し合わないまま「仕方がない」と片づけること。
食べる量が少なくなっても、その時間が最後まで本人のものであるように。私はそこを守りたいと考えています。
注意書き
この記事は一般的な情報と筆者の経験をまとめたものです。
個別の対応は状態や背景によって異なるため、主治医や関係する専門職、
所属施設の手順に相談してください。


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