看取り

施設看護

特養の看取り期の食事は、『何割』より『どう食べたか』で見たい

看取り期に食べる量が減っていくとき、食事量の記録だけで何が分かるのでしょうか。特養で働く看護師が、閉じた口を本人のサインとして受け取ること、食べることも控えることも本人の声を確かめて決めたい理由を、現場の迷いとともに考えます。
施設看護

看取り期の「自然な経過」は、何もしないことではないと思う

特養の看取りでよく使われる「自然な経過ですから」という言葉。施設看護師の私が、この言葉を「何もしない理由」にしないために、食事量・睡眠・呼吸の変化をどう見て、本人の声をどう受け取りたいかを、自分の言葉で書きました。
施設看護

「食べられるときもある」で終わらせない――特養看護師が考える食事介助と看取り

飲み込みに不安がある人の食事介助で、全部食べることを目標にしてよいのか。吸引が必要な食事をどう振り返り、看取りをどう考えるか。普段の暮らしを見ている特養だからこそ、入院前からチームで話し合いたいことを、施設看護師の立場で書きます。
施設看護

看取りは「何もしないこと」ではない――最期まで、その人の生活を支える

「看取りになったら、何が変わるのか」。その戸惑いを、特養で働く看護師の視点から考えます。医療をするか、しないかという二択ではなく、苦痛への対応、日々の観察、本人との対話を通して、最期まで生活を支えるために見失いたくないことを綴ります。
施設看護

高齢者ケアは「長生き」だけを目標にしない――本人にとって意味のある支援を手厚くするために

高齢者ケアで大切なのは、医療や処置を増やすことだけではありません。本人の意思、苦痛、回復の見込み、生活の質を丁寧に見ながら、「その人にとって意味のある支援」を考えます。
施設看護

特養の看護師になって、私は「治す」だけを目指さなくなった

総合病院と特別養護老人ホームでは、看護師に求められる視点が大きく異なります。病気や処置だけでなく、その人らしい暮らしや最期までの時間を支えるなかで、私が変わったことを綴ります。