朝の着替えの時間に、私はタンスの前で、自分が手に取った一枚を「これでいいですか」と差し出してしまうことがあります。
前開きで、袖が通しやすく、洗濯にも強い服です。
介助する側から見れば、筋の通った選び方だと思います。
でも、そのとき本人に「どれを着たいですか」と聞いたかどうか。
振り返ってみると、自信を持って答えられない日もあります。

「一日デパート」のニュースを見て
2026年10月16日、愛知県碧南市の特別養護老人ホームで、衣類や靴を並べた出張販売会「一日デパート」が開かれました(テレビ愛知の報道)。施設に入ると普段の買い物や服を選ぶ機会が減るため、買い物やおしゃれの楽しさを感じてほしいという思いから企画されたそうです。news.yahoo.co
主催した法人は事前の発表で、大切にしたいのは購入することだけではないと書いています。色や柄を比べ、迷い、気に入ったものを自分で決める、その時間を大切にしたいということでした(PR TIMES)。prtimes
会場には、前にボタンが付いた服や腰にゴムが入ったズボンなど、着たり脱いだりしやすい服が多く並んでいたといいます。
「着やすさ」と「選ぶ楽しさ」が同じ場所に並んでいたことに、私は少し考えさせられました。
着替えの介助と、服を決めることは別
私が言いたいのは、着替えを手伝うことと、着るものを決めることは別だということです。
ボタンが留めにくくなっても、袖に腕を通すのに時間がかかるようになっても、「今日は青がいい」「その柄は好きじゃない」という気持ちまでなくなるわけではありません。
介助が必要になったからといって、その人の「好き」まで代わりに決めたくないと思います。
たしかに、朝の時間は限られています。
食事、排泄、服薬、体調の確認が重なり、一人ひとりにゆっくり聞く余裕のない日もあるでしょう。それは、現場にいる私自身がよく知っています。
それでも、二枚を並べて「どちらにしますか」と聞くことは、多くの場合、それほど大きな手間ではないように感じます。
私は、選ぶ機会を「時間がないから」のひと言で、毎日少しずつ削っていくことには慣れたくありません。
記録に残りにくい「選んだ」ということ
看護師として、私は毎日たくさんの記録を見ます。
体温、血圧、食事量、水分量、排泄、睡眠。どれも本人の状態を考えるための大切な手がかりです。
ADL(食事・排泄・移動・更衣など、日常生活を送るための基本動作)の評価では、更衣も項目の一つとして扱われることが多いです。
ただ、そこから分かるのは、主に「どのくらいの介助で着替えられたか」です。
本人がその服を選んだのか、職員が選んだのか。
その服を着て、どんな表情をしていたのか。
そうしたことは、数字や介助量の欄にはなかなか表れません。
だからこそ、あわせて見ておきたいことがあります。
- 服を見せたとき、手を伸ばしたり目で追ったりするか
- 以前から好んで着ていた色や形があるか(ご家族から聞く生活歴も手がかりになります)
- ボタンや素材で、着にくさや肌の不快感がないか
- その日の気分や眠気、痛みなどで、選ぶこと自体が負担になっていないか
言葉で答えるのが難しい方でも、視線や表情、手の動きに「こっち」という気持ちが表れることがあります。
数字は大切です。でも、更衣の介助量だけでは、その人がどう過ごしたいのかは見えません。

選ばない自由と、お金のこと
一方で、選ぶ機会をつくれば、それで十分だとも思っていません。
人の多い場所が苦手な方もいれば、買い物に関心が向かない方、その日は疲れている方もいるはずです。催しに「参加しない」ことも、本人の選択として受け止めたいところです。
見るだけで買わない。迷った末にやめる。
それも「選ぶ」ことの一つではないでしょうか。
費用の問題もあります。施設で暮らす方が服を買うことには、本人のお金の管理や家族との相談、施設ごとの手続きが関わります。楽しい場面だからといって、本人や家族への確認を省いてよいことにはなりません。
また、こうした催しが認知機能や心身の状態にどう影響するのかについて、私はここで言い切ることはできません。今回のニュースから言えるのは、選ぶ場をつくろうとした取り組みがあった、というところまでです。
皮膚の状態や体温調節、転倒への配慮などから、服の素材や形に気をつける必要がある方もいます。そうした判断は、本人の状態や主治医、多職種での検討、施設の手順によって変わってきます。

毎朝の「どちらにしますか」から
特別な催しがなくても、日々のケアの中に選ぶ時間は残せるはずです。
ある朝、カーディガンを二枚並べたとき、少し迷ってから片方を指さした方がいました。
それが正解だったのかどうかは、私には分かりません。けれど、もし私がその一瞬を飛ばしていたら、その方が迷う時間はなかったことになっていたと思います。
私は、着やすさを理由にして、本人の好みを確かめる手間を省きたくありません。
すべての希望を叶えられない日もあります。安全や体調を優先しなければならない朝もあります。
それでも、最初から職員が一枚に決めてしまうことを、当たり前にはしたくない。
介助の手は貸しても、その人の「好き」は、その人のものとして残しておきたいと考えています。

注意書き
この記事は一般的な情報と筆者の経験をまとめたものです。
個別の対応は状態や背景によって異なるため、主治医や関係する専門職、
所属施設の手順に相談してください。


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